「…あのぉ」
「動くな」
いや、あの…動いてませんよ。
動いてませんけど、でも、あの……落ち着かないんですけど。
それでもデルタに怒られるのが嫌で、暫くじっとしていたけど…やっぱり落ち着かず、再び声をかけた。
「デルタ、あの…」
「動くなと言っている。全く、どうして君はそう落ち着きがないんだ。感覚機能に障害でもあるのではないか?」
呆れるようにため息つかれたけど、悪いのって…あたし!?
「何度も言っているだろう。君が動くと本が読めない」
デルタの我侭…もとい、研究に対するお願いという名の強制には大抵我慢してきたけど、この状態にはさすがに耐え切れず抗議した。
「だったら自分で持てばいいじゃない!」
何故かあたしは今、彼の膝に座って本を開いている。
そしてデルタはそんなあたしの腰に手を回し、肩口からそれを覗き込むように見ている。
勿論、あたしが読んでいる本に興味を持って、こうしているわけじゃない。
デルタが、読む本を!
何故か、あたしが持っている。
あたしは譜面台かっ!?
そもそも目の悪いデルタがこんな状態で本当に読んでるとは思えない。
…あ、いや…読んでるかもしれないけど。
悪魔の視力が悪いっていうのがどれほどか分からないので、断定は出来ない。
そんなこんなで、頬を膨らませて抗議したわけだが…当の本人はどこ吹く風。
「なんだ、私に抱かれるのがそんなに嫌か」
「だっ!?」
た、確かに抱かれる回数は多いけど…じゃなくって、この体勢は抱いてるって言うんじゃなくて…抱きしめて、あぁじゃあ意味はあってるのか…って、意識しすぎだよ、あたし!
ぶんぶんを首を振っておかしな思考を振り払って返事をする。
「い、嫌じゃないよ」
「では、そのままでいたまえ。次のページだ」
「………」
結局、顔色も変えないデルタに逆らうことが出来ず、大人しく次のページを捲った。
それからデルタに声をかけられるたび、自動譜面台のようにページを捲り続け、ようやく最後のページに辿り着いた。
あ〜…これでようやくこの苦行も終わる。
自然と頬が緩み、早く捲れって言ってくれないかなぁ…なんて思っていたら、聞こえてきた台詞は予想外のものだった。
「ではもう一度、最初のページを開きたまえ」
「え?」
「…聞こえなかったのか、最初のページだ」
「え、あ、うん」
読み損ねた部分でもあったのかな?
そう思って、言われたとおり最初のページを開く。
「これでいい?」
「そこは目次だ。私が言っているのは、章のはじめのページだ」
「それってどこ!?」
「はぁ……ここだ」
苛立たしそうに腰に回していた手を解いてページを捲る。
トンッと本を叩かれ、視線を落とすと…あたしが読めるものが目に飛び込んできた。
あ、これ…エヴァンスに教わった。
人間界で言う「1」だよね。
わかるものがあるとなんか嬉しいな。
そんなのん気なことを考えているあたしの耳に、更なる苦行が命じられた。
「では、次は君が読みたまえ」
「はぁ!?」
「私の理解と、君の理解の相違について知りたい。さぁ、読みたまえ」
「読めって…これを!?」
「そうだ」
あっさり言うけど、これ、魔界の本だよ!?
エヴァンスに教えて貰った言葉なんて簡単なものばっかりで、多分この本じゃ数字くらいしかわかんないよ!
「デルタ、あの…」
「読み終わるまで、君にはこのままでいて貰う」
「えぇーっ!?」
「煩い…静かに読みたまえ」
デルタが眉間に皺を寄せ、どんどん不機嫌になっていく。
これ以上機嫌が悪くなる前に、せめて読む本を交換するとか、別の実験に変えて貰えるよう頼まなければ、いつまでたってもあたしはここから逃げられない。
「あのっ、デルタ…その、お、お腹空いてない?」
「食事はさっきスクランブルエッグを食べた。作ったのは、君だろう…忘れたのか」
「あ、はい…そうです。じゃあ、おやつは?」
「今はいい」
「それじゃあ…えーっと、お茶のおかわりは?」
「メイドを呼べばいい」
「あたしがいれる!」
「ダメだ」
取り付く島がない。
次は何を言おうか少ない脳味噌を使って必死に考えていると、天上の旋律とも思える優しく甘い声が耳に落とされた。
『どうした…早く、読みなさい』
「っ…」
『分からないのなら、私に聞けばいい。教えてくれ…と』
全身の力を奪うような、優しい囁き。
自然と本を持っていた手が震え、ぎゅっと目をつぶってしまう。
その様子を背後で楽しそうに見ているだろうデルタの唇が、耳元に微かに触れながら言葉を紡ぐ。
『さぁ…本を持て』
だめ…逆らえない。
「はい…」
気を抜けば、デルタが触れている部分に意識がいってしまう。
それなら…まだ、内容はわからなくても…行を目で追うことに、集中しよう。
あたしは俯いていた顔をあげて、数字しか意味の分からない文字の羅列へ視線を向けた。
「全く…とんだ手間を取らせる」
赤い顔をしてぐったりした彼女を抱き上げ、研究室のソファーへ寝かせる。
「私の命令に逆らえばどうなるか、まだわからないのか」
視線を僅かにずらすたびに声をかければ、時折文句を言いたげに振り返る。
それは、命令違反…に他ならない。
その度に柔らかな耳へ触れながら声を落とせば、頬を朱に染め再び私の望むままに読み進める。
全く…この特異体質がこれほど役に立つとは、な。
額をうっすら汗で濡らし、気を失っている彼女の唇へ触れるだけの口付けを落とす。
「君が悪いのだ、。君が……エヴァンスなどに、教えを乞うから…」
図書室へ資料を取りに行った際、偶然見かけた光景。
エヴァンスと並んで座り、同じ本を眺めていた君。
肩が触れ合い…頬が触れそうな距離で、楽しげに笑う姿を見て…この胸に感じたことのない炎にも似た熱さが生まれた。
それが、嫉妬というものだと気付いたのは…先日手に入れた人間界の本に記載されていたいくつかの事項に当てはまったからだ。
「嫉妬、か…あまり気分のいいものではないな」
もう一度、今度は音を立てて口付けてから…眠る彼女の耳元へ、その唇を移動させる。
「……しっかり心に刻むといい…」
まだ意識を取り戻さないが、私の声にぴくりと反応した体を抱きしめると、全身に染み渡るよう囁く。
「私以外の者に…教えを乞うな」
もし、この命を破った時には…そうだな。
その時には、自分が誰のものかわかるよう…今度は言葉だけでなく、体でも覚えて貰おうか。
この人…もとい、このキャラ卑怯ですよねぇ…
言うことを聞かざるを得ない声、元々持ってるんですよ?
しかもそれを大川さんがとても上手に演じてくださるので…本当に逆らえないというオチ。
デルタは可愛いです。
何かにつけて研究だなんだと理由をつけてくる辺りが(笑)
…でもこれ、何気にありそうな気がするシチュエーションだ。
(エヴァンスに何かを教えて貰ってるのを見て、嫉妬するデルタってとこらへん)